大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和32年(く)36号 決定

申立人 弁護人 猪俣浩三 外二名

被告人 古川致知

主文

本件抗告を棄却する。

理由

申立人等の抗告の理由の要旨は、

抗告人等はいずれも古川致知に対する恐喝被告事件の弁護人であるが、昭和三二年三月二二日千葉地方裁判所に対して、被告人の健康上の理由、すなわち、被告人が、昭和三二年三月一八日千葉拘置所の房内において、急に気分が悪くなり床上に倒れたので医師の診断を仰いだところ、血圧が約一七〇に達していることが判明した、被告人は従来かかる経験がないので非常に驚き、その後も続けて医師の診断を受けているが、血圧は一向下降する気配なく、同月二二日には一九〇に達するという状況で上昇の傾向があり、また本人は頭痛と耳鳴りを訴えていた、一方体重も八瓩も従前より増加しており、非常に憂慮すべき状況と思われ、ことは人命に関するものであるので、弁護人等は急ぎ勾留執行停止の申請をなしたのである、しかるに、同裁判所は弁護人等の右申請を却下する旨の決定に及んだのであるが、かかる決定は被告人の生命、健康の保持ということを全く無視したものであつて、甚しく不当であり、また勾留をこのまま続けるにおいては、被告人の高血圧は容易に治癒せず、そのため弁護人との打合せも十分にできなくなつてしまうのである、それでは被告人の防禦権の行使は著しく阻害されることは明らかであり、かかる措置が不当であることは今さら説明を要しないことである、よつて原決定を取消し、被告人の勾留執行の停止の許可相成度く本件抗告に及んだ次第である、というのである。

よつて案ずるに、抗告人等が古川致知に対する恐喝被告事件について、同被告人の弁護人としてその主張するごとき理由により千葉地方裁判所に対して被告人の勾留執行停止申請に及んだことは、本件記録に編綴されている抗告人等連名にて作成名義の保釈又は勾留執行停止申請と題する書面の謄本によつて明らかである。ところで元来被告人の勾留停止は、刑事訴訟法第九五条において、裁判所は、適当と認めるときは、決定で、勾留されている被告人を親族、保護団体その他の者に委託し、又は被告人の住居を制限して、勾留の執行を停止することができると規定されているのであつて、刑事訴訟法上被告人又は弁護人などにおいて勾留停止を申請する権利が認められているものではなく、裁判所もかかる申請がなされた場合にこれに対する許否の決定をなすべきことを義務づけられているものではない。すなわち、かかる申請がなされたとしても、それは裁判所に対して勾留の執行停止決定をうながすに過ぎないのである。しかしながら、裁判所が進んで右申請につきこれを却下する旨の決定をした場合においては、これは勾留に関する決定であるから、同法第四二〇条によつてこれに対して抗告できるものというべきである。しかるところ、本件についてみるに、前掲申請書謄本によれば、その末尾に「右申請のうち勾留執行停止申請は之を却下す」と附記せられ、千葉地方裁判所第一刑事部裁判長裁判官〈印〉とあるのみであつて、合議体である同裁判所の他の両裁判官の押印はなくかつその作成年月日の記載もないのであるから、右をもつて合議裁判所の決定がなされたものとは認めがたく、また仮りにこれをもつて決定があつたと認めるとしても、その決定書の謄本を申請人に送達して、その告知がなされたとみるべき跡も存しない。であるから、かかる決定があつたとしてもその効力は未だ発生しないものとみるべきであり、これに対しては抗告するに由なきものであつて、申立人等の主張するごとき勾留を停止すべき事由の有無及び申立人等の申請を却下した決定の適否を判断するまでもなく本件抗告は理由なきものとして棄却するの外なきものである。

よつて刑事訴訟法第四二六条第一項に則つて主文のとおり決定する。

(裁判長判事 中野保雄 判事 尾後貫荘太郎 判事 堀真道)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例